ステラ薫子の王妃レッスン

~BARAKA beauty ブログ~

デッドシー(死海)との出会い~私がこだわった理由

2016.10.6

今回のブログは、私がBARAKAのボディケアラインにデッドシー(死海)を取り入れるきっかけとなったお話をしますね。

ヨルダンの死海 私とデッドシーの出会いは、さかのぼること2009年。ビジネスの視察でヨルダンを訪れたときでした。ヨルダンは、中東諸国のなかでも資源が乏しい国。しかし、今から2,000年以上前には“文明の十字路”と呼ばれ、アジア、アフリカ、ヨーロッパをつなぐ中継地点として発展していました。

当時の繁栄を物語っているのが、ヨルダンの貴重な観光資源ともいえる「ペトラ遺跡」。映画「インディー・ジョーンズ」のロケ地でも有名な世界遺産で、歴史好きの私としてはかねてから一度訪れてみたいと思っていた場所です。そして、もうひとつの観光資源が、絶景なロケーションと美容効果で知られているデッドシー。デッドシーは首都アンマンから車で2時間くらいかかりますが、このときは時間の都合でデッドシーに入ることはなく30分程の滞在で終わってしまいました。

ヨルダンの死海 その翌年、再びヨルダンに渡った際、ようやくデッドシーに入ることができました。入って開口一番「わあ、本当に浮いている~」とデッドシーならではの浮遊体験。本を持って、プカプカ浮いている姿も写真に撮ってもらいました(笑)しかし、10分くらい浸かっていると疲れて眠くなってしまうのです。デッドシーは塩分濃度が高く浸透圧の関係で、1回あたり長くても15分が限度といわれているほど。出てはウトウトお昼寝して、また入って…を繰り返していました。

しかも、私の肌はもともとアトピー体質で、湿疹や脱ステロイドによる皮膚炎で悩んでいました。でも、デッドシーに入っていた2泊3日はアトピーの症状が「ウソでしょう?」と思えるくらい和らいだのは本当にびっくり!保湿効果が高いから、ゴワゴワしないんですよね。デッドシーが皮膚疾患の治療にいい、というのは聞いていましたが、こんなにも手応えがあるとは…。自然がもつ偉大なるミネラルパワーを実感した瞬間でした。

そして、2011年に私は乳がんを患い、6カ月間に渡って抗がん剤治療を行いました。吐き気、手足のしびれ、むくみ、全身の倦怠感、眠れない…と苦しんでいた時期に、友人が頻繁にデッドシーでマッサージをしてくれて、バスソルトも持ってきてくれました。このときはイスラエル産だったのですが、デッドシーのお風呂に浸かった日は不思議とぐっすり眠れるんですよ。それに、あれだけ辛かった吐き気やだるさからも解放されて、身体がとても楽になりました。「デッドシーってすごい!」…ここでも、私はデッドシーに助けられたのです。

ヨルダンの死海 デッドシーに魅せられた私は「これをぜひ日本に持って来たい」と強く思い、その交渉のため2012年にヨルダンへ飛びます。幸いなことに交渉はスムーズに運び、そのうえ要人の方の計らいもあって実際にデッドシーを採水している場所まで見学させていただけました。

しかも、死海はいくつかの層にわかれていて、マグネシウムやカルシウム、カリウムなどミネラル成分の濃度が異なるそうで、ひとくちに「死海塩」といってもランクがあるのだとか。であれば、一番濃くてクオリティの高い深層部分をベースにしたものを輸入したいと思いました。

ヨルダンの死海 ちなみに、その採水施設はどこにあると思いますか?
答えは、デッドシーの真ん中。モーターボートに乗って行くのですが、この施設はトップシークレット。限られた人だけが行ける場所、なのだそうです。それだけでも感激でしたが、真っ暗なデッドシーの深層部がライトに照らされて青白く光る様子はとても神秘的。600万年前にできたといわれるデッドシーが、“神の贈り物”に見えました。

さて、無事に契約も結んでいざ日本へ…といきたいところですが、ヨルダン側がデッドシーを輸出するのは初めてのこと。どんな形状で送ったらいいの?…そこからのスタートです。現地の工場で天日干ししたパウダー状の塩をビニール袋に入れても、湿度の高い日本では到着した時点で3分の2が溶けてしまうのです。ひたすら試行錯誤を重ねて、現在の3mm粒大に決まるまでなんと1年半もかかりました。

デッドシーソルトとデッドシーウォーター 私がデッドシーと出会ったときから数えるとトータルで約5年。今こうして皆さんの元にデッドシーソルトウォーターをお届けできるようになったのも、いろいろなご縁があったからこそで、長かったようで短かったような本当に感慨深いものがあります。

BARAKAでは私が経験したデッドシーの癒しパワーが、ストレス多き毎日を少しでも和らげるためのお手伝いができますように…という願いを込めてお届けしています。

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